みなまで言うな。コーシュカのすべて

【恋愛黒歴史】雲男。その拾

【恋愛黒歴史】雲男。その拾

前回のつづき。

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彼からの連絡が途絶えた。

正確には、私から連絡をすればタイミングが合えば電話に出る、という感じだ。

今まで会える時は積極的に彼から連絡をくれていたのに、それが一切なくなった。そして私からの電話に出たとしても「しばらく忙しくて会えないかも。落ち着いたら連絡する」と言われ、それを信じて馬鹿正直に待っていても結局連絡は来なかった。

私、彼に何かしてしまったのだろうか・・・嫌われるような、避けられるような事したかな。それとも他に好きな人ができて自然消滅を狙ってるの?嫌だ。嫌だな・・・でもそれならちゃんと正直に言って欲しい。

すごく嫌だけど、めちゃくちゃ嫌だけど、理由もわからずに会わないまま自然消滅の方が絶対に嫌だ。

私は正直な気持ちを彼にメールで伝えた。でも、彼からは「そんなことない。ほんとにただ忙しいだけだから。また連絡する」と、そっけない返事が来ただけだった。

これはなに?なにかの罰ですか?好きな人から切羽詰って誤解してるような内容のメールを送られたら普通心配するよね?少しの時間だけでも会いに来てくれない?心配しなかったとしても、誤解だとしたらもうちょっとその「ただ忙しい」という内訳を詳しく説明しない?私にはこの対応って「正直に言ってゴチャゴチャ言われるのがめんどくさい」ようにしか思えないのだけど。

本当に忙しいだけなの?その言葉を信じてもいいの?私はただこのまま待っていればいいの?

モヤモヤとした思いを抱えながら、私はいつもの常連の店を訪れる。一人でいるよりも、飲みながら誰かと話していた方が気が紛れる。あのイベント以降、ここには彼と何度かご飯を食べに来たので、スタッフや常連客は私たちがそういう仲なのだと既に承知しているようだった。

「最近どうよ」

いつも私によく奢ってくれる年上の常連客が声を掛ける。「タクさん」とみんなに呼ばれていた。スポーツをやっていたらしくガタイがよく、服装はカジュアル。笑うと垂れ目になる。顔は個人的な好みで言うと中の上くらいだが、奢ってくれるので気持ち上乗せだ。

「まあ、ぼちぼちでんな」

「こってこてのエセ関西弁やめい」

「すんまへん。相変わらずだけどね」

「そっか・・・これ余計なお世話かもしれないんだけどさー、アイツと仲良かったよね。前に一緒に来てた人。ってか付き合ってんの?」

「ああ、まあうーん、どうなんだろね。微妙」

「微妙ってなんだよ・・・てかちょっと前にアイツ、めっちゃ綺麗な女と二人で来てて付き合ってるように見えたんだよね、まああくまで俺から見たらだけど」

「え・・・まじで」

「いや、もし付き合ってるんだったら伝えないよりかは伝えといた方がいいかなと思って」

「・・・・・・」

「あ・・・ごめん。やっぱ言わない方がよかった感じ?・・・」

「あー、いいのいいの。全然気にしないで。別に付き合ってないし、ただの友達だから」

動揺を必死に隠した。私が彼と付き合ってると言えばこの人に惨めに思われると思い、友達ということにしておいた。けれどそんな下手な誤魔化しをする自分こそ惨めだった。

私が落ち込んでる事を察したのか、その日のタクさんは気前よく全部奢ってくれた。遠慮なく奢られて飲みすぎてフラつく私を、家の近くまで送ってくれた。

優しいのだ。タクさんは本当に優しい。


私のことが好きだから。


私は知っていた。常連客で他に仲良い人もいるのに、私が店に行くとタクさんはいつも私の隣に移動してくる。いつも私だけに奢ってくれる。面白くもない私の話をニコニコしながらずっと聞いてくれる。私に合わせてタクさんも帰ることはしょっちゅうだった。使ってないからと言ってギターをくれた事もある。

以前、私が好きなアーティストのコンサートに仲の良いスタッフと一緒に連れて行ってくれたのだが、帰りの電車で二人だけになった時に改まって「今さ、好きな人いるの?」と聞かれ、告白されそうな雰囲気だったので慌ててはぐらかした。目的はわからないが、これだけ長く特別扱いをしてくれているという事は好ましく思われているのだろう。

私はそれを知っていて、その好意をずっと利用していた。最低だ。


「大丈夫?やっぱ家まで送っていこうか?」

フラフラな私を心配して声をかけてくれる。優しい。

「大丈夫大丈夫、ほんとタクさんてさー、優しいよね〜。なんで?」

聞かなくても答えを知っているのに私は聞いた。

「妹みたいなもんだから心配じゃん。飲ませちゃったの俺だし」

「そっか、妹なのかーそっかー。じゃあ絶対手出せないね。ざんねーん」

「残念ってなんだよ。からかってんの?」

「うん、からかってる。ふふふ」

「・・・あのさ。そういうの言わない方がいいよ、まじで」

「・・・なんで?」

「なんでって。俺がお前のこと好きなの知ってるよね?」

「・・・・・・うん・・・・・・ごめん・・・ごめんね」

タクさんの怒った表情を初めて見た。

こんなに優しい人を怒らせてしまった。そう思うと酔ってるし彼とも会えないし浮気されてるかもで情緒不安定なのも相まって涙が出た。

「・・・あ、ごめん、違う違う、そうじゃなくって。いや、そうなんだけど、俺の気持ちも少しは気にしてよってことだから。だからごめん、泣くなって。俺そういうの弱いんだわ・・・」

と言って、タクさんは泣き止まない私を不器用に抱きしめて背中をさすってくれた。

あーあ。このまま目の前の不器用で優しい人に身を預けてしまいたい。タクさんならきっと私にこんな思いはさせないんだろうな。私の好きな人がタクさんだったら良かったのに・・・私の好きな人・・・こんなに放っておかれてるのに、他の女と浮気してるかもしれないのに、私は相変わらず彼のことが好きなんだな。いっそ嫌いになれたら楽なのに。

「タクさん・・・ごめんね。ありがとう」

と言って、腕の中からするりと抜けた。

「泣かせちゃってごめん・・・」

「ううん、私が悪かったから謝んなくていいよ」

「・・・俺さ、ああいう遊んでるような奴大っ嫌いなんだよね。しかも俺らがお前と仲良いの知ってるのに堂々と他の女とイチャイチャしてんの。腹立ってさ。俺だったら絶対そんなことしない」

「・・・・・・うん。わかってる。タクさん優しいもん」

「俺だったら・・・・・いや・・・なんでもない」

「うん。わかってる・・・ごめん」

「・・・ま、わかってるならいいんだけど。でもアイツはやめといた方がいいと思うよ、俺はね」

「うん、ありがと。大丈夫、大丈夫だから」

と、タクさんに言いながら、自分にも言い聞かせていた。本当のところは全然大丈夫ではないのに。

「しんどい時とか連絡してきてくれていいんだからな。いつでも話聞くから」

相変わらず優しい。きっとタクさんの半分は優しさでできている。こんなに優しい人と付き合ったら幸せだろうな・・・でもなんでこの人はこんな私のことが好きなんだろう。もったいない。非常にもったいない。

と、付き合うつもりもない私が言うのは罪深い。心の中で「ごめんなさい」と謝る。

途中で何度もこちらを振り返って手を振るタクさんを見送り、私はまたひとりになる。ひとりになると彼の事ばかり考えて頭がおかしくなってしまいそうだ。


タクさんが話してたことは本当だろうか。「めっちゃ綺麗な女」とは一体何者なのか。彼のお客さんという可能性はないだろうか。彼はお客さんからのごはんや飲みの誘いは断らない。断らないのをいい事に、その「めっちゃ綺麗な女」のお客さんに頻繁に誘われて言い寄られてるのではないか。もしかしたら彼は迷惑してるかもしれない。嫌々付き合ってあげてるだけかもしれない。

そうやって無理やりいい方向に考えて、ほんの少しだけ自分を安心させて眠りにつく。そうでもしないと延々とグルグル考えてしまって眠れないのだ。


精神的にボロボロの状態になりながらも、仕事には行かなければメシを食えない。そして音楽はこういう状態の方が逆にいい曲や詞が書けたりするもので。日中は全てを仕事と音楽にぶっ込んで、夜は飲みに行くか家で曲作りや映画や小説、ゲームなどで彼の事をできるだけ考えないように努めた。


そんな日々をしばらく続けていたある日、彼から久しぶりに、本当に久しぶりに電話がかかってきた。


「今までごめん、やっと時間できたからそっち行っていい?」

「・・・・うん。わかった。待ってる」

こんなに放置されていたのにもかかわらず、彼からの電話に心を踊らせている私がいた。私は彼にずっと負け続けている。出会った時からずっとだ。

私の元に戻ってくるのか。それとも別れを切り出されるのか。


私の家で久しぶりに会った彼の口から出てきたのは、それはそれは驚愕の言葉達であった。


つづく


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