みなまで言うな。コーシュカのすべて

コーシュカのすべて

コーシュカのすべて

タイトルで無駄に岩井俊二感を出してすいません。

はじめましての人もそうじゃない方も、えーっと・・・

はじめまして。←めんどくさくなった

このブログの中の人、コーシュカです。

ひとまずご挨拶がてら軽く自己紹介を。

・30代アラフォー
・B型(Rhマイナス)
・神奈川県在住
・旦那氏、息子、猫2匹との暮らし
・パズル、絵、海外ドラマ、ブログ、猫が趣味
・雷、雨、雪、緑色、家、お笑い、字を書くこと、猫が好き
・夏、死んだ魚の目、パクチー、家事全般が苦手
・小さな幸せを見つけるのが得意

はい、どこにでもいる普通の人です。

雪国の田舎で生まれ、いたって平民の仲の良い両親のもとで特に不自由なく育ちました。

・・・・・・。

ブログのネタとしてはなんの面白みもない出生だなおい!!

て事で、中学生でホームレスになったとか夜逃げ屋本舗に依頼したとかどこぞの大統領に見初められて大統領夫人になったとかは一切無い、ある平凡な1人の女の半生をこれから晒していきます。

えー最初に言っておきますが、これを読むのはハッキリ言って時間の無駄です。

ここまで読んだ時点で、既に人生のうちの1分くらい無駄にしてますよ?

なので、この記事は私に謎の興味を持っている変態的なあなた、クソほど暇を持て余している暇の星から来たヒマヒマ星人のあなた、つまらない人間の歴史を覗くのが趣味という極めて特殊な趣味を持つあなた以外にはオススメしません。

エーテルも出ません。

引き返すならば今のうち。

覚悟はいいかい?


それではどうぞ。

ミステリー!記憶喪失の幼少期

「私の初恋は幼稚園の時の〇〇くん」とかよく聞くけれど、正直私の幼少期の記憶はほぼ失われいると言っても良いほどで。

幼稚園だと怖い先生がいたのと、お片づけの時に流れるパトラッシュの歌や園歌(で合ってる?)くらいしか本当に記憶にないのです。

まさに記憶喪失

初恋の人どころか、仲の良かった友達もいたらしい(私の母情報)のですが全く覚えてませんでした。

もしかしたらまだ自我が目覚めていなかったのかもしれませんね。

そうそう、そういうことにしておきます。

覚えてないもんだから書くことなんかありません。

私の母によると、やりたい事や言いたい事をなかなか伝えられないポイズンで引っ込み思案な子だったようです。

フェティシズムの目覚め。小学生時代

引き続き、小学校の4年生くらいまで記憶がない。(記憶喪失期間長い・・・)

こんなにも記憶が無いなんて、よほど毎日何にも考えずに生きていたか、何者かに連れ去られ改造されて記憶を改ざんされたかのどちらかだと思ってます。

そして小学校の高学年からやっと徐々に記憶を維持できるようになっていきます。(脳の海馬誕生)

絵を描くのが好きで、毎日チラシの裏にせっせとハイヒールを履いた可愛い女の子やいろんなパターンの手や目だけの絵を描いていた事は覚えています。

こういったところで私のフェティシズムの片鱗を垣間見ることができますね。

漫画家になりたいな〜とぼんやり思いつきGペンを買ったものの、結局3回くらいしか使わずに机の引き出しの肥やしとなった事は言うまでもありません。

引き続き奥手な性格だったと思われます。

嫌なことがあってもとにかくヘラヘラしてやり過ごせると思ってました。

ちょうどこの頃から私の黒歴史が始まるわけですが、興味があればお楽しみくださいませ。▼▼▼

子供の頃、仲良しグループのリーダーが死ぬほど嫌いだった件【前編】 子供の頃、仲良しグループのリーダーが死ぬほど嫌いだった件【前編】

男子になりたかった中学生時代

当時、内田有紀の全盛期だった頃に(髪型が)似ていると言われて調子に乗り、そこからしばらくショートカッターでしたよね。

そして小学生の時から薄々思ってはいたのですが実はこの頃私、女でいることが嫌で男子になりたいと思ってました。

だから確か制服以外でスカートは履かなかったような記憶が・・・(この記憶もだいぶ怪しい)

ブルーハーツが好きだったこともあり、パンク寄りの服装が好きだけど着る勇気も買う金もないといういろいろ残念な状況。

そんな男子への憧れが表面化したのか、後輩の女子から3通ほどラブレターをもらったことがあります。

そのうち2通はよくある同性の先輩への憧れをこじらせたやつ。

1通はガチのやつでした。

もしかして私・・・女の子が好きなんじゃ・・・

と一瞬勘違いしましたが、中二の時に先輩メンズとはじめてお付き合いしていたので残念ながら結局ノーマルでした。たぶん。

この中学生あたりから奥手な性格は奥に引っ込み、「人と違うことがしたい!」という天邪鬼な性格が徐々に頭角を現してまいります。

盗んだバイクで走り出す高校生時代

はい、もれなくこの年齢は尾崎豊にハマりますよね。

中学までの友達の呪縛から逃れ、勉強も疎かに遊び呆ける日々。

そう、これが巷で噂の高校デビューです。

この頃にはだんだんと女子の特権を理解し始め、男子への憧れはあるものの男子になりたいとまでは思わなくなってましたね。

そして私の家が学校に近かったという事もあり溜まり場・掃き溜め・悪の巣窟・伏魔殿・魑魅魍魎の根じろとなり、毎日老若(?)男女問わず入り浸っておりました。

同級生が誰もやってないことをしたくて、自分が思いつくあらゆる事を(いいか悪いかは別にして)アホみたいに日々実践。いや、実際アホでした。

結果、娘なのに親を泣かせる事も多々あり迷惑をかけましたが、基本的には家族大好きっ子なので反抗期という反抗期はなかったような気がします。

遊んでばかりで将来のことなど何にも考えてなかった私。

友達の髪をよく切っていたので美容師向いてるかもなーと思い軽〜く親に専門学校のことを相談したら、

「そんなお金ないしあんたはすぐ飽きるからだめ」

と一蹴。

ひ、ひどい・・・でもさすが我が親。

飽き性の私の性格をよくわかっております。

あとは当時古着が好きだったので好みの古着屋に片っ端から連絡するも、社員募集してるところは皆無。

今更大学にも行く気はない・・・というか行けるような学力がない。笑

さて、何をしようか。

とりあえず東京さ行くべ。←

おら東京さ行くだ。夢追い人時代

「東京怖い・・・」「東京は危ないよ」

という地元の友人の根拠のない心配をよそに、私は何の考えもなくただただ勢いだけで上京しました。

何より人と違うことがしたかった私。

地元の友達の中で東京砂漠に行く人なんて皆無だったので、これは行かねばなるまい。

親戚の家に居候しながらアルバイトで食いつなぐも、飽き性なのと朝起きれない体質だったので長く続かず転々とする事に。

もうこの時には遅刻の言い訳を考えるプロになってましたね。

こんな私でもさすが東京、ついにやりたい事が見つかります。

音楽。

元々音楽は好きで、高校時代から父親のアコギを借りパクしてコツコツ曲作ったりしていました。

だけれど、田舎では就職もせず音楽なんかやってたら

「〇〇さんちの娘さん、夢みたいな事ばっかり言って就職しないんですって」

とヒソヒソ噂されます。

でも東京なら誰からもバカにされない。

就職せずにバイトしながら音楽やってる人なんて砂の数ほどいる。

私は自由なんだ!ヒャッハーーーー!!!

それからは音楽中心の生活で日々ライブ活動や音楽仲間と夜な夜な飲みに行ったりフェスに行ったりなど、金は無いが充実した日々を送っておりました。

不思議な事に、あんなに飽き性だった私が全く飽きない

そんなめまぐるしく楽しい毎日がずっと続くものだと思っていました。

ちなみにこの頃、ある事件に巻き込まれて危うく死ぬところだったのですがそのお話はこちらから。東京怖い。▼▼▼

【恐怖体験記】強盗にあった時、人は咄嗟にどういう行動をとるのか 【恐怖体験記】強盗にあった時、人は咄嗟にどういう行動をとるのか

挫折…というかヘタレ。

そんな日々もあっという間に時は過ぎ、私もいつの間にか30歳目前。

楽しい毎日だけれども当然しんどい事もそれまでにありました。が、長くなりすぎるので端折ります。←

音楽が本当に好きだからこそ長く続けられたと思います。

けれども30歳・・・このままで良いのかと不安にもなりますよね。

そんな時ひょんなことから認められてお声がかかり、今まで夢物語だったものが突然現実味を帯びてきたのです。

けれども話がリアルになった瞬間、私は気がついてしまいました。

待って、私は普通の暮らしがしたい

もし有名になってしまったらもう普通の、一般的で、自由な生活は送れなくなる・・・

何ということでしょう。

その時点で売れるか売れないかは全くわからないのに、そんな自信過剰で自惚れで思い上がりで慢心な妄想も妄想な考えが頭をよぎり、なんと私はせっかくのそのお誘いを華麗にスルーしてしまいました。

何ということでしょう(2回目)

その世界に飛び込むことが怖くて逃げただけかもしれません。

どちらにしても私にはその覚悟が無かった。

そう、完全なるヘタレです。

本気だと思っていたけれど、所詮は趣味の範疇だったって事ですね。

そう気づいてしまったからにはもう続けられず、スパッと辞めました。

今まで一緒に活動してきた仲間には申し訳なく思いつつも、後悔はしてないです。

と、自分に思い込ませているだけかもしれませんが、良い思い出であり私の青春だったのは確かです。

あの頃、私に関わってくれた全ての人に感謝。

猫、結婚、出産、そして現在

そんな頃に現在の旦那氏と出会い、価値観が似てるのと笑いのツボが同じだった事ですぐに意気投合し、なんやかんやで同棲をはじめてからお家に猫をお迎えすることに。

「猫と暮らす」という私の長年の夢を、いとも簡単に叶えてくれた旦那氏。

それはもう感謝してもしきれまてん。
(ちなみに旦那氏は元々犬派だったYO!)

その後結婚し不妊治療を経て妊娠、息子が生まれ、都会と田舎の間のちょうどいい地域に家を建てて、今に至ります。

いやー、こんな私とよく結婚する気になったもんだと、出会いから10年経った今でもそう思わずにいられません。

だってねえ、奥さん。

朝起きれないし料理は極力作りたくないし片付けできないし掃除も面倒くさいし、裁縫も苦手だし言われた事すぐ忘れるし、化粧もしないし基本家着のままだし。

嫁としては致命傷だろ

正直、もし自分が男だったら私なんかと絶対結婚しませんからね!←

それでも懲りずに私を好きでいてくれている(はずの)旦那氏はかなりの変態なんだと思っています。(たまに怒られるけど)

そしていまだに自分が人の母親であるということが信じられません。

あの壮絶な出産も今では

「あれ?夢だったかな・・・私ほんとに子供産んだっけ?」

と思うくらいに既に現実味なし。

世間一般の「ちゃんとした」母親ではないかもしれない。

こんな母ちゃんでごめんよ・・・でも信じられないほど可愛い息子への愛は誰にも負けないと思っております。

ちなみに私の陣痛・出産を追体験したいそこの変態はこちらの記事をどうぞ▼▼▼

【体験記】陣痛・出産の痛みを例えると私の場合はアレだった件

子育てに追われる日々ですが、子供がお昼寝中など少しの隙間時間を見つけてはコソコソとブログを亀更新中。

このブログについて

もともと文章を書くことが好きで趣味として始めたこのブログ。

少しでも誰かの役に立てる、為になるような記事を書きたいな〜と日々思ってはいるものの、結局自分の書きたいように楽しく書いてしまってます。

けれどもこのブログを読んでくれた人が少しでもクスッと笑ってくれたり、こいつやべえなと面白がってくれたのならそれだけで幸せ。

あわよくば巨額な住宅ローン返済の足しに少しでもなればと思ってはいるけど、何より自分が一番楽しくないと続けられないですものね。

まあまあ、焦らずゆっくりやっていきましょ。

あ、それから「コーシュカ」という名前はロシア語で「猫」という意味です。

今まで2回ほどロシア人と疑われたことがあるのと、それから

ネコノコトガ、スキダカラ〜!

はい、チャン・ドンゴン、懐かしいですね。

そういうことです。

どういうこと!?


あれ、もしかして・・・あなた最後まで読んだんですか?

まあ、おかしな人だこと!!

けれど人生の貴重な時間を使ってくれてありがとうございます。

飴ちゃんあげる

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