前回のつづき。
\おさらいはこちらから/
「あ、そうだ。番号おしえてよ」
「番号?・・・あぁ、電話番号?」
電話番号を聞かれたということは確実にわかっていたのだが、「あなたと連絡先交換するなんて今の今まで思ってませんでした」っていう無駄なアピールをするために一旦とぼけてみる私。
「そう、ワン切りするから俺のも登録しといてよ」
さきほどの私のアピールも虚しく、否応なしにもう交換する事になっている。
「うん、番号はね・・・」
電話番号を教えると、すぐに彼からワンコールがきた。これで交換完了だ。
私の携帯電話にどストライクの電話番号が・・・!!!ってことは、もう歩道橋で待たなくても電話すれば彼に会えるんじゃねえか!!なんてことでしょう!!!
連絡先を交換したというそれだけの事がこんなに嬉しかったのは、後にも先にもこの時だけであろう。大収穫だ。大収穫祭だ。今日は帰ったらオンリーロンリー宴じゃ。
「じゃ、イベント来れたらまたその時〜」
と言って、その日もまた彼を歩道橋の手前で見送った。
それから数日後、常連店でのオールイベント当日。
彼の来る確率は低そうだが、もしかしたら来るかもしれないという期待は捨てきれなかった。
「今日のイベント来れそう?」とか電話の一本でもかければわかる事なのだが、そんなことで電話する勇気が私にはまだなかった。
もし万が一来たならば、今までよりも明るい場所で顔を合わすことになる。私はいつもより時間をかけてメイクをし、鏡の前でキメ顔の練習をし、一番良い顔だと思ったその顔の筋肉を覚えておく。(端から見ると全くキメ顔ではない)
こういうイベントに最初から参加するのは苦手なので、みんなが少し酔ってきたかなという頃合いを見計って家を出る。
店は家から歩いて約5分。その間にもチラチラと彼の姿を探す。
店に着いたらまず店内を見渡して・・・と思ったらスタッフやら常連客やらに次々と声をかけられ「こっちこっち」と奥のバーカウンターまですぐに連れていかれた。
「あれー?なに今日、髪型かわいいじゃん、誘ってんのそれ」
仲の良いバーテンが目ざとい。
「あ、ありがと・・・って誘ってねえわ!誘ってるとしてもおまえじゃねえわ!」
と、いつものように冗談を言い合いながらとりあえずのシャンディガフを注文し、常連客と飲みながら話しつつ、けれども少し振り返り「今日いっぱい来てるねー」などと誤魔化しながら店内を見渡す。
・・・え?
入り口近くの窓際、男女数人で談笑している、彼を見つけた。
え、なになに、普通にいるんですけど!行けたら行くって言った人で本当に来た稀な人なんですけど!!しかも私より先に来てるよね?え、それなのに行けたら行くって濁したんですかね、私に!あんまり行く気無かったり仕事で遅くなるからとかそういう理由でそう言ったんだと思ったけどなんで先に来てるんですかね?それなら行くこと確定した時点で私に連絡くれたりとかしませんかね普通!そうですか、しませんか!しないんですかっ!!!
会えて嬉しい気持ちもあったけれど、いろいろ考えすぎて複雑な気持ちになった。
念のため彼から電話がかかってきていなかったかを確認した。もちろんきていない。
だめだ、これは私から声かけれないパターンや・・・。しかも彼と話してる人たち仲良さそうだし、きっと一緒に来たんだろうな。あの人たちと一緒に来る約束してたから私に濁したんかな。いやそれなら正直に言ってくれてもよかったのに。
せっかくのハッピーなイベントの席で、私はひとり暗黒のオーラを纏い始めていた。
彼はまだ私に気がついていない。
いや、私なんか気づかれない方が良いのかも。とさえ思い始め、こうなったらもう常連客を道連れにやけ酒だ。
「今日飲むねぇ。朝までいてくれるんでしょ?もたないよ?」
と、バーテンにたしなめられるも、「じゃあもし寝たら起こして」とオーダーしといた。
常連客やスタッフと飲むのは楽しいのだが、いかんせん気になる。彼が私を見つけて、私の背中をじっと見つめているような気配がして振り向いてもそんなわけはなく。
だけれどここはバーカウンター。酒がなくなれば自ずとみんなここに来る運命と書いてさだめと読むのである。
トントン。
不意に肩を叩かれた。
きっと彼だ。
店内は音楽で騒がしかったのだが、その瞬間音がやみ、時が止まったように感じた。
振り向いた私の耳元で、彼が大きな声で言う。
「来ないのかと思った!」
そしていつものあの顔でニッと笑う。
「ぬおおおお!なんだ来てたの!?来ないと思ってたのこっちだよ!」
・・・なんだ来てたの!?ってなんだよチラチラ見てたくせにアホか。絶対気づかれてるよ見てたの。最悪彼に気づかれてなかったとしても彼の友達には気づかれてるよ絶対恥ずいだろ私・・・と思ったけどこれは後々つっこまれてもお酒のせいにしてなんとでも言い訳できるのだ。酒のチカラはすげえんじゃ。わーっはっはっはっは!
とか頭の中で発言の恥ずかしさを誤魔化してた時だった。
「ちょっと紹介したいから来て」
「!????」
ちょ、待って!紹介?紹介って言ったよね、今!なにこの急展開!紹介ってなに!紹介ってその、あのーその、普通に考えたらですね、自分の友達とかりょ、りょ、りょ両親に会わせる時に使うあのしょ、紹介ってことなのかな!え、私いつから彼女になったんだっけ?なに?え?なになに?どゆこと???
常連客らに「ちょっと行ってくらー」と伝え、彼のお友達らしき人たちのいる窓際へと手を引かれ連れていかれた。
・・・手を引かれ。シラフだったら赤面案件です。
「さっき話してたのこの子ね、あっちにいたから連れてきたわ」
と言いながらバーカウンターを顎でさした。握った手は既に放されていた。
「??・・・あ、どうもー」
状況がよくわからないが、とりあえず営業スマイルで誤魔化す。
ていうかさっき話してた?えーっと・・・私、一体彼にどういう風に話されていたのでしょうか。最近仲良くなった女の子でしょうか。それとも歩道橋の不審な女でしょうか。
少しガタイのいいBボーイ風の男が大袈裟に反応する。
「おおおーご本人登場じゃん!ヨウのお気に入りの子でしょ!イエーイ!一緒に飲もうぜー」
「いやそんなこといつ言ったよ」
と、彼が笑いながらBボーイにつっこむ。
言ってないんかーーーーい!と、私が心の中で彼につっこむ。
「うぃ〜っす〜」
長髪ヒゲメガネの怪しいお兄さんがビールグラスを掲げて言う。
「えーかわいい〜♡飲も飲も〜っ」
と、黒髪ロングでバリスタイル良いものごっつ美人なお姉さんに擦り寄られる。
こ、こ、こ、この超絶エロ美人は彼とどういう関係なのでしょうか!いや正直私、あなたの隣に立ちたくないんですけど!顔もちっちゃいし比べられたくないんですけど!!遠近法使いたい!!てか逃げたい!今すぐこの場を立ち去りたいいいいい!!
そんな私の願いもむなしく、私は美人の隣でその3人(主にBボーイ)に年齢から出身地、仕事や音楽のことなど聞き取り調査をされることに。でも基本みんな話が上手いので、私のつまらないエピソードでも盛りあげてくれた。
「いやーやっぱ面白いわ!ヨウがさ、なんか歩道橋で面白い子見つけたって言うからさー。今日会えてよかったわまじで。ありがと!」
なぜかBボーイに感謝され握手される私。そしてなぜか彼も満足げな表情だ。面白いことなどひとつも言った覚えがないのだが・・・普通の話でもそれがまるで面白い話に聞こえるようになる酒のチカラってすごい。
しかし歩道橋で面白い子見つけた・・・か。面白い子・・・やっぱり彼にとっては、歩道橋でちょっと変わった女を見つけてちょっと興味を持って、酔った勢いで面白半分で声をかけてみただけなのだろうか。
彼がなぜ私を友達に紹介したのか、その意図が全く読み取れなくて困惑していた。私としてはただ酒の席を盛り上げるために話のネタにされた感が強く、あまり気分のいいものではなかった。しかもずっと美人の隣だし。いや決して美人に罪はないのだが。むしろすげえニコニコ笑って私の話聞いてくれた天使かよ。
会話が一旦落ち着いたタイミングで「ほんじゃそろそろ戻りまーす、楽しんで〜」と言って抜け、私は常連客の待つバーカウンターに戻った。
・・・疲れた。
今でこそこの店に通いつめて少しずーつスタッフとも他の常連客とも仲良くなりふざけて話せるようになったが、元々は人見知りなのだ。初めて会う人に対して興味が無いというのも原因だが、何を話せばいいのかわからなくなる。聞かれれば答えるが、こちらから聞きたいことはないので間がもたない。苦手である。
ましてや彼もそうだが、田舎者の私から見ると彼の友達はこちらから絶対に話しかけられないようなタイプの、なんというか、垢抜けた人たちだ。モロに劣等感を感じずにはいられない、実に苦手な人種である。
ああ、なんだか彼とは住む世界が違うなあ。と、安心の常連客達の横で酒をガブ飲みしながら落ち込む情緒不安定な私。
「知り合いだったんだね〜。一緒に来たことないから意外だったわ」
と、バーテンが言う。
「あ〜。最近知り合ったばっかだからね・・・」
「そうなんだ、まあ・・・気をつけなよ?」
「え、気をつけるって何をさ」
「いや、遊ばれないようにってことな」
「何言ってんの!そんなんじゃないから別にーうける、あははー」
とか流しつつも、このバーテンは彼の何かしらを知っているんだ・・・と察した。でもここで彼の事を深掘りしようもんなら、彼に気があるのだとバーテンにも隣の常連客にも感づかれてしまう。それは絶対に避けたい。
気になるも結局彼の話は聞けず、もやもやした気持ちのまま酒を飲み、そんなんだからいい酔い方はしない。さすがに飲みすぎたと思い、外の空気を吸いたくなって店を出た。
ああ、もう帰ろうかな。
もし彼が来るなら一人で来るものだと勝手に思っていた。私に会いに来るのではと期待したからだ。そして彼はバーテンに覚えられるほどこの店に何度か来ているということ。しかもバーテンが彼のことをあまり良く思わない何かしらを知っているということ・・・窓越しに彼はまだあの友達と談笑していてこちらを見向きもしない。キメ顔の練習も無駄になった。私は馬鹿者だ。
私は店の入り口近くにいた顔なじみのスタッフに声をかけ、「ごめん、気持ち悪いからみんなに先帰るって伝えといて〜」と言伝を頼んだ。
勝手に期待するからいけないんだ。そうだ、期待しなければいい。そもそも私など、彼にとってはちょっと面白そうだったから声をかけてみただけの通りすがりの女だ。そうだ、彼にはあの天使みたいな美人がお似合いだ。
再び店を出て、とぼとぼと帰り道を歩く。
こんなんだったら来なければよかったな・・・と思いながら、店から少し歩いたところで信号待ちをしている時だった。
ブブーッ、ブブーッ、ブブーッ
彼からの着信。
一瞬出るのを躊躇ったが結局通話ボタンを押してしまう私。
「・・・はーい」
「なにもう帰んの?」
「あーうん、ちょっと飲みすぎちゃって。声かけなくてごめんね」
「いやいいけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、すぐ家だし」
「あんた今どこいんの?」
「えとね、信号んとこ・・・」
「じゃ今行くから待ってて」
「え、いや大丈・・」
プッ、ツーツーツー・・・
断る間も無く電話が切れた。
つづく
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【恋愛黒歴史】雲男。その六