みなまで言うな。コーシュカのすべて

【恋愛黒歴史】雲男。その六

【恋愛黒歴史】雲男。その六

前回のつづき。

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彼からの電話が切れてすぐ、少なくともウルトラマンのカラータイマーがピコンピコン鳴る頃には彼は姿を現した。ひとりだった。

「ごめん、待った?」

いや、全く待ってない。むしろこんなに早く来るとは思わなくて驚いていた。そして彼がどうしてここに来たのかが謎だった。友達とあんなに楽しそうに飲んでいたから、来るのなら友達も一緒だと思った。彼がひとりならば私が忘れ物でもしてそれを届けに来てくれたんかな・・・とさえ思ったほどだ。

「ううん、全然。てかどしたの?友達は?」

「あー、大丈夫。帰るって言ってきたから」

「え?もう帰るの?一緒に来たんじゃないの?いいの?」

「え、だってあんた帰るんでしょ?だから俺も帰る」

「・・・・・・?」

「てかね、俺ひとりで来たからね最初は。店でたまたまあいつらに会って飲んでたわけよ、あんたいないし」

「・・・あ、そうだったんだ・・・え?」

まじか。てっきりあの人たちと一緒に来たのだと思い込んでいたけど、実はひとりで来ていたんだ。衝撃の事実!!で、私が見つからなかったからしかたなく彼らと飲んでいた・・・みたいに聞こえるんですけど!?合ってる?この解釈は合ってるんすか!?正解ですか!!!?

「だから!・・・来たの!」

・・・ちょっと何言ってるかわからない。

え。しかもちょっと怒ってる?なに?すいませんがその行間を教えてください。『だから(私に会いたくて)来たの!』でしょうか。『だから(つまんないから)来たの!』でしょうか。後者だとしても友達より私といる方が楽しいって事だから嬉しいけど、前者であればさらに嬉しすぎて鼻血案件なんですが!!

いや、しかしここはあまり良い方向に考えない方が良い。なんせ私も相当だが彼もそこそこ飲んでたはず。酔っ払いの言う事は真に受けちゃいかんってじっちゃんが言ってた!

「わかった。うん、なんかありがとう」

そう、よくわからないがとりあえず彼には感謝しておこう。どんな理由であれ、彼と一緒の時間を過ごすことができるのだ。さっきまでのモヤモヤもどこへやら、だ。

「で?もう帰んの?」

「あーそうね、じゃあえーっと・・・飲みなおしますか?」

「ぶふっ。さっき飲みすぎたって言ってなかった?」

と、彼が笑った。



私には歩道橋以外にもうひとつ、とっておきの場所があった。

家の近くにある5階建てのオフィスビル。当時はその程度の小さなビルであればセキュリティーが比較的甘々なところが多く、非常階段から忍び込み、さすがに各階には入れないが屋上までは上がることができた。そのビルのまわりにはそこまで高い建物は無く、パノラマで街を見渡すことができる。

深い時間まで外で飲んだ日はそこでひとり、夜が明けるのを待つのだ。

雲が洗い流すようにして暗闇は徐々にその色を失くしていく。地平線からうっすらと顔を出し広がる朱色。だんだんとオレンジに染まっていく空から、自分がこの世の主役だとわかっているかのように満を持して登場する太陽と、その強烈な光に照らされ鮮やかに輝き透き通る雲。

世界の始まる瞬間を私だけが目撃してしまったような、なんとも贅沢な時間を満喫できるのである。

そんな贅沢な時間を今回は独り占めせずに彼と共有したいと、ふと思った。

「じゃあしょうがないから君に秘密の場所を教えてあげるよ。特別だからね?」

よし。意識せず、冗談っぽく、自然に誘えたはずだ。

「なにそれ、秘密基地?」

「まあ、そんなようなもん」

「ヤバイところじゃないの?」

「・・・ある意味ヤバイかもしれないけど、たぶん大丈夫」

「なんだそれ!」

彼が笑う。


コンビニで彼がビールを4本買ってきてくれた。私はお金を渡そうとしたのだが、「奢られとけ」と一蹴された。

ビルは目と鼻の先だ。

「ここ」

ビルを指差した。

「え、ここ飲み屋とか入ってた?」

「まあまあ、こっちこっち」

訝しむ彼を横目に、非常階段へ続く鉄のドアを開ける。

このビルは5階建てなので、屋上だと6階分上ることになる。私は先導して階段をガシガシ上がって行った。途中から息があがってハアハア言っちゃうわけなのだが、それを彼に聞こえないようおさえるのに必死だった。そして後ろをついてくる彼が私のしょぼくれた尻をガン見していないかが非常に気になり、でも実際尻を見てるところを目撃してしまったらそれはそれで気まずすぎるので、決して振り返らないようにしていた・・・なんのエピソードだよこれ。

「ついたーーー!(ゼエゼエ、オエェ気持ち悪・・・)」

「屋上?」

「そ。あとはこれ乗り越える。よっ・・・と」

と言いながら最後の砦、鍵のかかっている胸の高さほどの鉄の扉を乗り越える。私に続いて彼も乗り越えた。

「あーしんど!」

「うん、それは非常に申し訳ない」

「うん、疲れたからまずはビールを飲ませてくれ!」

暗くてよく見えないけれど、彼は今きっとあの笑顔に違いない。

私たちは適当に並んで座り、彼が買ってくれたビールを早速飲んだ。

「おつかれ。てゆーかここさ、入っちゃダメなとこじゃないの?」

彼が笑いながら言う。

「うーん、たぶんダメだろうねー・・・」

「ブァハハ!やっぱあんた面白いわー」

「え?なにが?どこが??」

「いや、女でこういう事する人あんまり見ないけど!」

「まじか!それはみんなこっそり裏でやってんだよ、きっと!」

「絶対やってねえわ!!」

と冗談をかわしつつ、そういえば彼は明日(厳密に言えばとっくに日を跨いでるので今日)朝から仕事なのでは、と急に心配になった。

「もう先に言っちゃうんだけど。朝焼けがさー、ここめっちゃ綺麗に見えるんだよね。それ拝んでから帰る予定なんだけども。君は朝から仕事?」

「あーうん、仕事だな。でもそんな早くないし大丈夫。普通にそれ見たいし」

「言いましたね?じゃあ絶対途中で寝ないでくださいね」

「俺今まで寝た事とかないから大丈夫」

「はいはい、それはすごいですね」

「扱い雑!!!」

一見、普通に会話をしている風だが、私の心の中は以下のように相変わらず嵐である。

あああああああ!よかったぁぁぁあ!!これで朝までいるつもりないとか言われたら完全に脈なしだよう!私の弱小すぎるカマかけをクリアした彼を猛烈に褒め称えたい!!これで夜が明けるまで彼を独り占めできるじゃないのさ私!!!


それから私たちは相も変わらず色気のない話をして過ごし、気がつくとあっという間に空が明るくなってきていた。ノースリーブを着ているぐらいの季節だったので朝が早いわけだ。そしてビールは既に全部空になっていた。

その日の空の色は一段と綺麗だった。まるで私たちを祝福してくれるような。鮮やかなピンクと穏やかなブルーが混じる空。そこからやがて現れる強烈な光。

「なにこれまじで綺麗じゃん、すげえ」

「でしょ?金払え」

「いや聞いてないし。こわ!詐欺こわ!!」

とか言ってるけどね、この世に生み出されたばかりの太陽から放たれる、眩い金色の光に照らされた彼のご尊顔。もうね、神々しいったらないんですよ。冗談じゃないよ!私の横に今大天使がいらっしゃる。大天使ラファエルが降臨なさった。

そんな事を思いながら、彼の少し斜め後ろから空を見ている体で大天使の輝く横顔にうっとり見惚れていたところ。

「なに見てんの」

なんと!彼と目が合ってしまった!

気づかれたー!私とした事が!!ばかばかばか!おバカさん!!

「へっ??いや、あれよ、きれいだなーと思って。昼間に会った事ないからちゃんと見た時なかったじゃん。綺麗な顔してるよね、君。羨ましいわー」

咄嗟の言い訳が思いつかなくてものすごく正直に言ってしまった。『ちゃんと見た事ない』っていうのは嘘だが。めっちゃ見てる。すげえ盗み見てる。

「そう?綺麗とか初めて言われたわ。てか男が綺麗って言われてもそんな嬉しくないんですけど」

「ああ、そうなの?ごめんごめん。でも褒めてるから許して」

「わかった、許す」

と言って、彼はまたニッと笑った。その笑顔がまたたまらなく美しい。私の使えない脳みそが忘れてしまう前に今すぐ帰って似顔絵描きたい!

そんな事を思っていたら、そのままなんと今度は逆に彼に見つめられていた。

カウンターだ。確実に私が死ぬやつ。圧倒的な攻撃力の差。ひのきの棒でラスボス倒しに行くようなもん。私の防御力はほぼゼロである。

彼の顔が近づいてくる。

「ちょ、なに見てんすか」

とか冗談まじりに言いつつも内心、え、待って、これはもしかしてもしかするの?わ、わ、わたしと大天使がまさかせせせせせせ接吻を!!?なにこれ夢?実は私の本体は店で飲みすぎて爆睡中ですっていう夢オチとかそういうやつじゃなくて??というかそんな見つめられたら色々バレるんですけど!化粧も絶対崩れてるしやるならあんまり見つめずに早いとこやっちゃってください!何卒よろしくお願いいたします!!

「俺はその目の色、羨ましいけどね」

ズコーーーーーーーッ!!!しないんかい!乙女の純情な感情は空回りだよ!アイラブユーさえ言えないでいるマイハートだよ!!!!

確かに私の目の色は他の人に比べると少し茶色い。母親譲りだ。とは言ってもほんとに少しである。きっと朝日に照らされて普段より茶色く見えたのだろう。でもそこ?目の色とか普通注目します??

「そう?そんな変わんないと思うけど」

「いや全然違うから。ちょっと見せてみ?」

今度は彼の体ごと近づいてきたと思ったら、私の顔に少しかかっていた前髪を手でかきあげ、再び私の目をじっと見つめた。太陽や空の色のせいではない。私の顔面は今、恥ずかしさと緊張で血が上ってピンク色になっていることだろう。

「ほら、やっぱ綺麗じゃん」

と言って少し微笑む。

私の髪をかきあげていた彼の手がふと、私の頬に移動した。


そして彼の目線がふと、私の口元に移動した。


つづく


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