前回のつづき。
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クリスマス・イヴのその日、実は彼よりも前に友達からパーリーに誘われていた。
でもそのパーティーは私ひとりがいかなくてもどうってことない。きっと何も変わらない。けれど、彼の誘いを断れば最悪それが最後になってしまうかもしれない。それこそ世界の終わりだ。それだけは避けなければならない。
私は彼から日にちの連絡を受けたその直後、秒で友達に断りの連絡を入れた。女とはこういう生き物である。嗚呼、おそロシア。
さすがにクリスマス・イヴということで、偶然にも彼の都合的にその日しか空いてなかったとしても誰もが期待せずにはいられないだろう。だって。もし彼女がいたり他に好きな人がいるのならば、わざわざこの日に私に会いに来るわけはないのだから。
今夜、きっと、彼は何かを仕掛けてくるはずだ。
そんな期待に胸を膨らませ、高鳴らせながら彼を家に招き入れた。
「おじゃましま〜す」
「狭いし汚くてすんませんがどうぞ」
「あ、俺んちも汚いから全然大丈夫」
「フォローしないんかい!!!」
「アハハ!確かに」
相変わらず色気も何もない会話でムードなど皆無である。
当時の私の部屋は6畳もない狭いワンルームで、玄関開けたらすぐキッチンだし部屋も全部丸見えというものだった。
そんな狭さでソファーなど置けるわけもなく、無印の低いシングルベッドがソファー代わりだった。テーブルも常に置く余裕がないので、使う時だけ出す安い折り畳みテーブル。その前には小さな・・・覚えていますか?テレビデオ。
彼にはひとまずソファーを背に座ってもらい、私は斜め右隣に座る。まずはグラスを用意してシャンパ・・・ではなく、私たちはまずビールで乾杯なのだ。庶民派だ。
「じゃ、おつかれ〜」
「あーい、おつかれ。かんぱーい」
いやそこはメリークリスマスだろ、とつっこみたくなるほどクリスマスっぽさを感じない乾杯である。
無言になった時に気まずくならないように、BGMは既に彼が来る前からかけていた。思いっきり私の趣味全開なので基本的に暗い・・・そこは残念ポイント。
同じく私の趣味で部屋全体も基本的に暗い。所々の間接照明がボヤっと部屋を怪しく照らしている。白檀の香りもその雰囲気をさらに引き立たせてくれている・・・そこは今回に限ってはありがたいポイントである。なんてったって部屋のいろんな見て欲しくない部分が雰囲気で隠せるのだ。あと、顔も。
「あ、そうだ。これ。はい」
彼がリュックから包装紙に包まれた四角い物体を取り出し、私に渡す。
「え、なにこれ・・・」
「え、サンタおじさんからのプレゼントなんですけど。クリスマスだし」
下手こいたーーーーーー!!!そうだよね、クリスマスなんだからプレゼントですよね!?彼に誘われ舞い上がり、家の片付けや掃除やら料理やら準備に追われ、プレゼントの存在なんてすっかり忘れていた!そもそも彼にプレゼントなど貰えるとも思っていなかったし。
「え、ちょ、待って。私、そういうのなんも用意してなかった、ごめん・・・」
「なに、メシ作ってくれたんでしょ?じゃあそれとプレゼント交換で」
「・・・あ、うん、わかった。ありがと。。じゃあこれ、開けていい?」
「うん、たぶんあんたそれ好きだと思うよ」
「ええ。なんだろ・・・」
彼はテーブルに頬杖をし、ニヤけた顔でこちらを見ている。丁寧に開けようと思ったが、彼からの突然のプレゼントにドキドキして結局包装紙をビリビリに破いてしまう私のばかやろう。
中に入っていたのは青い空とサーモンピンクの雲のコントラストが綺麗な写真が表紙の、空の写真集だった。
これを見た瞬間、私はものすごく嬉しい気持ちになった。彼はあの屋上の景色を覚えてくれていたんだ。私の好きな景色を、彼は覚えててくれた。そして私の好きな景色を今、プレゼントしてくれたのだ。泣きそう。
「ふぁ、これめっちゃ嬉しい!絶対好きだわこれ、表紙だけでもう好き!えええ、まじでありがとう〜!」
「よかった、絶対気に入ると思ったもんね」
「うん、気に入った。大事にするね。もう家宝にするわ」
「光栄です」
彼が嬉しそうに笑った。
私はこの時、改めて彼が大好きだと思った。
ビールを一本飲み終えて、そろそろ腹も減ったし例のシチューの出番です。あああ、彼の舌に合うだろうか。合わなくてももう遅いのだが。。ドギマギしながら彼の前にシチューを入れた皿を出す。
彼はシチューをスプーンですくい、少しだけフーフーして口に入れた。
「・・・お、ウマいじゃん」
「まじで?あああああ、よかった〜!やっぱルーにしといてよかった〜〜!!この世にルーがあってよかったよ、ほんとに・・・」
「あ、なに本格的なの作ろうとしてたの?」
「うん、一瞬考えてすぐ諦めたけどね。ホワイトソースとか絶対失敗してたわ」
「諦めんのはや!」
毒味役の彼が死ななかったので、私も安心してシチューを食べた。たぶん、普通に美味しかったはず。なんせルーだから。分量さえ間違えなければその美味しさは保証されている。
腹も膨れたところで、そろそろ映画を観ようということに。ケーキとシャンパンは映画を観たあとにいただこう。とりあえずはビールだ、とにかくビールなのだ。
さて、気になるその映画というのは、『のび太の結婚前夜』と『嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』の二本。ご存知、ドラえもんとクレヨンしんちゃんの映画。
ふざけてる・・・?いえ、違います。大人が泣けると話題の選りすぐりのアニメ映画でしょうに。前に彼と泣ける映画の話題になった時に、この二つをおすすめされたのだ。私がまだ観ていなかったので、今回一緒に観ようということで彼がレンタルしてきてくれたのである。
私は彼の隣に移動し、まずは一本目『のび太の結婚前夜』から上映。短編なのであっという間に終わった。けれども。
・・・いや泣くわ!しずかちゃんのパパにまんまと泣かされた。
「これはいかん・・・女子ならなおさらだわ・・・グズッ」
体育座りで膝に顔を埋める私。
「だから言ったじゃん、泣くって」
と、笑いながら私の頭をポンポンと叩き、よしよしと撫でる。
・・・距離が、近い。
「よし!じゃあシャンパンでお祝いしよう!のび太としずかちゃんのお祝い!」
突然のよしよしに流されそうになったので、無理やり仕切り直す私。
「いや、どっちかっていうとシャンパンはクリスマス用なんすけどねえ!」
「そんなのどうでもいいんだよーいいから飲むよ!はい!開けてね!」
「人使い荒いわーまじでこの人」
とニヤけ顔で文句をたれながらもシャンパンの栓を抜く彼。
ワイングラスにシャンパンをなみなみと注ぎ、チーンと乾杯していただく。美味しい。知識がないのでお値段はわからないが、とにかく美味しい。彼が私と一緒に飲むために選んで買ってきてくれたという事実が上乗せされて、更に美味しく思えてくる。
「もう一個はまたあとで観よっか」
と、彼が言う。
「そうだね。あ、てか今日遅くなっても大丈夫なの?」
「ああ、明日遅いから大丈夫」
「それならよかった」
「あ。じゃあ俺今日泊まってこうかな」
!!!!!!!!!!!!!!!!!
「べ、別にいいけどうち予備の布団ないんだよな・・・あ、私明日休みだし毛布あれば床でもい・・・」
と言いかけた時。
「え、一緒に寝ればよくない?」
ぎゃ!!!い、い、い、一緒に、寝る・・・だと?それはもしかしてあれですか?そう、いわゆるそういう事を行いたいという意味で言っていらっしゃるの?それとも本当に睡眠の方の寝るという意味でおっしゃっていらっしゃっているの?
「あーうん、そっか・・・まあいいけど。じゃあお触り禁止でお願いします」
「それは無理だわ。だって狭いし。あたるじゃん。腕くらいならセーフでお願いします」
「しょうがねえな。腕以外あたったらそこから課金されるシステムなんでよろしくお願いします」
「ふふっ。はいはい、わかりました!」
・・・照れすぎて思わずお触り禁止令を出してしまった。全然いいんだけど!本当は腕以外も全然いいんですけど!!!
「じゃケーキもう食べちゃう?私ぜんぜん食べれるんだけど君はいけんの?」
「あ、俺も食べるわ。全然いける」
「はーい。てかこれさ、切るのめんどくさいからそのまま食べるのでもいいかな」
宝石みたいにキラキラした果物がこれでもかと乗っかったフルーツタルトを、ふざけあいながら二人でフォークでつついて食べる。なんだろうこれ。夢見てんのかな、私。端から見たら完全にもう付き合ってない?この状況に酔っているのだが、確実に酒にも酔っている。
「このケーキめっちゃおいしいね〜!もうしあわせだよ私。ありがと〜♡」
食べ物ですぐに幸せ一杯になれる私は、ケーキと酒とビデオとプレゼントを抱えて今日家に来てくれた、サンタのような彼に素直に感謝した。
「どういたしまして・・・ふふっ。あんたさー、食ってる時ほんと幸せそうな顔するよね。かわいい」
と言って、彼は私にキスをした。
つづく
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【恋愛黒歴史】雲男。その九