前回のつづき。
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【恋愛黒歴史】雲男。その壱「ここらへんに住んでんの?」
なぜかニヤけ顔で聞いてきた彼。
ニッと笑った時の歯並びが綺麗。
私は平静を装ってはいたが、この奇妙な出会いに勝手に運命を感じて、ビールを飲んだそばから吐きそうなくらい内心ドキドキしてしていた。
だって!隣に!私の隣に!今!どストライクな男が!瓶ビール飲みながらこっち見て話しかけてきているんだ!!
突然脳内にお花畑が広がった女子がちょっとしたパニック状態。
「あ、そう、すぐそこの裏・・・らへんです」
酒は入ったものの微妙にまだ敬語な私はチキンである。
そしていくら彼がどストライクであっても、一応うら若き乙女が住んでる家を初対面で、しかも秒で教えるべきではないと即座に判断してギリギリ濁したお花畑。(思ったほど濁せてはいない)
「やっぱそうだよね?てかさー、もしかしてこの歩道橋、夜いっつもいる?」
・・・え、なに?やっぱそうだよね、って言った?この人もしや私を知ってんの?近所の人?なになになになに?・・・急に焦る。
「あーーーーー。。うん、休みの日以外は、だいたいいるかも・・・」
「まじか!やっぱり。だって俺たまに見かけるもん、君」
!!!!!!
まじか!は完全にこっちのセリフだ。見られてた!知らぬ間にどストライクに見られてたんだ私!無防備な姿を晒してたんだ!恥ずかしい!恥ずかしくて歩道橋の上から叫びながら飛び降りて綺麗な抱え込み三回宙返りで着地したい!!!恥ずかしいけど決して死にたくはない!!!!
音楽の沼に浸っている時間は完全に現実からパラレルワールドしていたので、まさかこんな人に見られてるなんて想定していなかった(いや想定しろよ)
もう顔真っ赤です。夜で本当によかった。
「・・・え、じゃあ家この近くなんですか?」
恥ずかしさを無理やり押し込みつつ、なんとか対応する。
「うん、でも俺んちはあっち側ね」
と彼が指差したのは、歩道橋の向こう側。さきほど彼が上がってきた階段側の道路。
つまり、彼はこの歩道橋を渡らなくても家に帰れるのだ。
「へえ・・・あ、もしかしてこっち側にこれから用事あったとか!?」
うわあああ、彼の用事を私のこんなしょうもないことで邪魔してしまった!とまた一瞬焦った。だけどそんな心配なんてすぐ吹っ飛んだ。
「いや、歩道橋の上見たらやべえ変な人いると思って来てみた。アハハッ」
ん?笑いながらサラッと失礼なこと言ったよね、今。そんでもって相変わらずニヤニヤしているなあオイ!ふざけんじゃねえ眼福ですありがとうございます!!
「ちょっと!変な人って!!」
二人で笑った。
私はこの事実を聞き完全に舞い上がっていた。
彼はわざわざ私に会いに、この歩道橋を渡ってきたのだ。
重要事項なのでもう一度言おう。
『彼はわざわざ私に会いに、この歩道橋を渡ってきたのだ』
・・・だけどちょっと待て。ここでもう一度よく考えてみよう。
あの状況の私にあえて話しかけに行くとか普通の人ならありえない。(私に)何されるかわかんないし、まじこわい。もし話しかける事ができるとしたらあれだ、同じような不審者か完全に酔っぱらっ・・・・
はい、大切な事を思い出しましたよ私。
そう、彼は酔っぱらっている!!しかも相当!!!
私もそうだが、酔っぱらうと楽しくなって知らない人でも馴れ馴れしくタメ口で話せるようになる。シラフの時は人見知りなくせに、お酒の力を借りて友達を作るというよくある技だ。
だがこの技、その場で仲良くなって連絡先を交換したはいいが、翌日起きたら記憶がするりと抜け落ちている場合がある。携帯のアドレス欄にいつのまにか見知らぬ名前がある。「はて、此奴は誰だったか…」と首をひねるのだ。
当時はこの技のおかげで誰だか知らない(覚えてない)人が携帯の中に十数人存在していた。
自分がそんな状態だから、きっと彼もそうなのではないか。と、自分の経験を人にも当てはめてしまう私の悪いクセ。
彼はきっと明日になったら私のことなんて覚えていないだろう。こんな運命みたいな出会いに浮かれているのは私だけだ。酔っ払ってちょっと面白そうな女がいたから声をかけてみただけの、彼にとってはほんのちっぽけな出来事だ・・・
そう思ったのは、彼の言動にもある。
「何してる人?」
というのはまあ初対面でよくある質問だ。
私は当時音楽をやっていたのでそう答えると、そのことにかなりくいついてきた。「なんのパート?ボーカル?ベース?」「何系の音楽なの?」「ライブとかやってるの?」・・・怒涛の質問責めだったので、こちらもついでに彼の職業のことをちゃっかり聞いた。
音楽の話でしばらく盛り上がり、ビールはすでに二人とも飲み干していた。
そろそろ夜も遅いので悪いと思い、私はコンタクトとビールのお礼をもう一度伝え、後ろ髪ひかれつつも無理やりこの場を去ろうとした。
その時におかしな事に気づいたのだ。
・・・あれ。そういえば私、名前を聞かれていない。
もし初対面で相手に好意をもった場合、普通ならば最初に名前を聞くものではないだろうか。一緒に飲もうと誘ったのは彼の方だし、もしこれが新手のナンパだとしたら余計にそうだ。
『名前なんていうの?へえ〜かわいいね。◯◯ちゃんって呼んでいい?』
というのがナンパ師の常套句である。もちろん、そんなナンパ師に私はいつも偽名を教えていたのだが。
であるからして、彼は私に対して別段好意を持っているわけではない。興味はあったのかもしれないが、仲良くなりたいわけではない。きっとそうなんだ。
そんな彼に名前を聞かれていないのに私が聞けるわけもなく、少し肩を落としながらも「じゃあ」と下手くそな笑顔で手をあげる私。
「じゃ、また。おつかれ!」
ニッと綺麗な歯並びをのぞかせ、子供のような顔で笑って彼も手をあげる。そしてすぐに私に背を向けて歩道橋の階段を上って行ってしまった。
・・・結局最後まで名前を聞かれることはなかった。そんなんだから彼から連絡先を聞くような気配なんて1ミリも感じられない。
でも、「また。」・・・か。
また彼に会えるのだろうか。さして興味もない私をまたここで見つけて声をかけてくれるのだろうか。少し関わってしまった事で気まずくなり、もうこの歩道橋を通ってくれなくなるのではないだろうか・・・
今ならまだ声をかければ間に合う。でも私のヘタレな性格が邪魔をする。
「な、な、名前なんていうんですか!」・・・いや、怪しいし偽名とか使われたらもう立ち直れない。
「メ、メメメメアド教えてください!」・・・この人なら平気で「やだ」とか言いそうだし言われたらショックで寝込む。
「あの!ま、ま、また会えますか!!」・・・いやもうこんな事言ったら告白してるようなもんだろ無理。
と、頭の中でグルグルと考えている間に彼はもう向こう側の道路に降り立っていた。
私もすぐに背を向けて「私あなたにそこまで興味ないんで」みたいなクールな女を演出したかったのだが、なんたって彼はどストライクなのだ(しつこい)
1秒でも多くその姿を拝ませていただき、この目に焼き付けておきたい(気持ち悪い)
・・・ええっと、違くて。うん、あのね、一応コンタクト探してくれたしさ、ビールもおごってくれたからさ、あれよあれ。見送るのが礼儀?ってもんじゃない?そうそう、それ。ただの見送りです!見送り!!
と、自分の中であれこれ言い訳しながらこっそり目で追っていたところ、その熱視線に気がついたのか彼がこちらを向いて手を振った。
ぎゃっ!!!
慌てて手を振り返す私。
・・・・昇天。〜完〜
くっそ、やっぱメアド聞いとけばよかった!!私のヘタレくそ野郎!!!
今更そう思っても後の祭りなのである。
家に帰った私は酔いもすっかりさめてしまっていた。酔ってもいないのにドキドキしているこの感じは・・・やはり恋なのだろうか。
彼のご尊顔が最高に素敵すぎて、本当は写真に撮って額に入れて飾りたいくらいの気持ちだったが初対面で撮れるはずもなく、けれどもなんとかこの頭の中にある彼のイメージをとどめておきたくて、考えぬいた結果「似顔絵を描く」という非常に気持ちの悪い女は私です。
しかし気持ち悪い私よ、冷静になれ。
彼は、付き合ってはいけない職業ランキング毎年上位、美容師なのだ。
もしなにかしらがうまくいってまた会えたとしても、確実に遊ばれる未来しか見えない。いや待て。けれどもし遊ぶつもりだったなら連絡先くらい聞いてくるよな。聞いてこなかったって事はやっぱり私に全く興味がないか、夜に歩道橋に行けばいつでも会えると思ってあえて聞かなかったか・・・
まあでも彼はとにかくどストライクなんだ。こんな人に出会えるなんてもう今後ないかもしれないんだし、一回くらい遊ばれたとしてもそれはそれで悪くはないのではないか・・・と、その夜は悶々として眠れ・・・ないかと思ったけどすぐ寝た。
そんな彼に翻弄され、逃げるように彼の手から離れる日が来るとは、この時の私はまだ知らない・・・
つづく。
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